DIRECTOR 監督・脚本:原田眞人

1949年、静岡県沼津市出身。黒澤明、ハワード・ホークスといった巨匠を師と仰ぐ。1979年、『さらば映画の友よ』で監督デビュー。『KAMIKAZE TAXI』(95)は、フランス・ヴァレンシエンヌ冒険映画祭で准グランプリ及び監督賞を受賞。社会派エンターテイメントの『金融腐蝕列島〔呪縛〕』(99)、『クライマーズ・ハイ』(07)から、モントリオール世界映画祭で審査員特別グランプリ受賞の『わが母の記』(12)や、モンテカルロTV映画祭で最優秀監督賞を受賞した『初秋』(12)など、小津安二郎作品に深く影響された家族ドラマ、念願の初時代劇となった『駆込み女と駆出し男』(15)、戦後70年に合わせて公開され、第39回日本アカデミー賞優秀監督賞、優秀脚本賞などを獲得した『日本のいちばん長い日』(15)まで作品の幅は広い。『ラスト サムライ』(03/エドワード・ズウィック監督)では、俳優としてハリウッドデビュー。最新作は『検察側の罪人』(18)。

なぜ、今「関ケ原」か?

二十五年前、司馬遼太郎原作「関ヶ原」の映画化を熱望したことがあります。その時の心境は、単純に言えば、日本の歴史上、もっとも有名な「天下分け目の合戦」を日本映画の巨匠たちが描かなかった不思議への挑戦です。主役は島左近でした。原作の第一主役石田三成でもなく、第二主役徳川家康でもなく、第三の男である雇われ武将島左近の、最後の戦場としての関ヶ原に、強く惹かれたのです。
十八年前、「関ヶ原」を考えたときは司馬史観からは離れ、通説の「裏切り者」である小早川秀秋が主役でした。調べれば調べるほど、関ヶ原に於ける最年少武将19歳の秀秋の決断は裏切りではなく、年月をかけた豊臣の権威への「復讐」に違いないと思うに至ったからです。「徳川史観」は無論、勝者に都合のよい歴史書であり、多くの作家たちの秀秋軽視論の背景には若さへの侮りがあるのではないか、とも思えました。
その五年後、「ラスト サムライ」に出演することで大掛かりな合戦シーンを目の当たりにして、また新たな「関ヶ原」の構想が湧きました。

「ラストサムライ」を超える日本発の世界戦略時代劇を作りたい!という思いです。

この時の主役は、島津維新入道。つまり、島津の退け口、と呼ばれる退却戦です。関ヶ原の戦場で、戦いの帰趨が決まるまで三成に味方することのなかった頑迷薩摩勢が、敗戦の途端、敵陣に向かって退却行を始め、合戦当初1500名いた将兵が、二週間後、故国にたどり着いた時には僅か88名だった、という、世界戦史史上の最も勇壮な「愚行」です。

こういった紆余曲折、あるいは人生の試練を経て、私がたどり着いた「関ヶ原」は、結局、司馬遼太郎原作の石田三成でした。
司馬先生は、太閤秀吉が天下を取った術を、「利害を持って説くだけで、正邪ではなかった」とし、秀吉が「天下に号令して以来十三年、なるほど世に秩序はできたが、利害で固まった秩序だ」としています。三成はそこに育ててくれた秀吉のこしらえた「悪」を見出し、「正義か不正義かと判断して」兵をあげるのです。
島左近が三成の家老になるキーワードは、「天下悉く利に走るとき、ひとり逆しまに走るのは男として面白い仕事」の一点です。そして、この一言こそ、今を生きる我々の指標とすべき生き方ではないでしょうか。

天下悉く利に走るとき、理念をもって流れと逆しまに走ることは、男にも女にも面白い仕事、生きる道なのです。

国家の在り方が問われるこの不確かな時代を生き抜くために、我々にはもう一度、それぞれの立場で「正義」を問い直し実践する急務があります。

正義とは一言で言えば、人間の価値です。

「人が国家を形づくり国民として団結するのは、人類として、個人として、人間として生きるためである。決して国民として生きるためでも何でもない」と言ったのは日本の自由主義者を代表するジャーナリストであり政治家であった石橋湛山です。リンカーン大統領とも通ずる「正義」の認識がそこにはありました。
今、三成の血を継承することの重要性を感じています。司馬遼太郎文学の素晴らしさは「正義の信奉者」のもたらすマイナス面も活写し、石田三成を偶像視していないところです。三成と敵対する徳川家康のリアリストの悪しき面と魅力も同時に捕えています。私の中にも60%の三成と、40%の家康が共存しています。そこに、「関ヶ原」を作る意義がある、と痛切に感じています。

THE ORIGINAL 原作:司馬遼太郎

1923年大阪市生まれ。大阪外語学校蒙古学科卒。産経新聞文化部に勤めていた1960年、「梟の城」で直木賞受賞。以後、歴史小説を一新する話題作を続々と発表。1966年に「竜馬がゆく」「国盗り物語」で菊地寛賞を受賞したのをはじめ、数々の賞を受賞。1993年には文化勲章を受章。“司馬史観”とよばれる自在で明晰な歴史の見方が絶大な信頼をあつめるなか、1971年開始の「街道をゆく」などの連載半ばにして、1996年に急逝。享年72歳。「司馬遼太郎全集」(全68巻)がある。

司馬遼太郎「関ケ原」(上)(中)(下) 新潮文庫刊

STAFF

撮影:柴主高秀

1958年生まれ、静岡県出身。黒沢清監督作品『大いなる幻影』(99)、『降霊』(01)、『アカルイミライ』(03)のほか、『どろろ』(07/塩田明彦監督)、『ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ』(09/根岸吉太郎監督)、『聯合艦隊司令長官山本五十六』(11/成島出監督)など多彩な作品を手掛ける。原田監督作品には『駆け込み女と駆出し男』(15)、『日本のいちばん長い日』(15)に続いての参加となる。

照明:宮西孝明

1962年生まれ、大阪府出身。『たそがれ清兵衛』(02/山田洋次監督)より照明チーフとして参加。照明技師として最初に手掛けた『最後の忠臣蔵』(10/杉田成道監督)で日本アカデミー賞優秀賞受賞。その他、『ふしぎな岬の物語』(14/成島出監督)、『溺れるナイフ』(16/山戸結希監督)など。原田監督作品には『RETURN(ハードバージョン)』、『日本のいちばん長い日』(15)に続き3作目。

美術:原田哲男

1965年生まれ、北海道出身。『最後の忠臣蔵』(10/杉田成道監督)で第35回日本アカデミー賞最優秀美術賞受賞。主な作品に『白い犬とワルツを』(02/月野木隆監督)、『ニセ札』(09/木村祐一監督)、『武士の献立』(13/朝原雄三監督)。原田監督作品は『駆け込み女と駆け出し男』(15)、第39回日本アカデミー賞優秀美術賞、第70回毎日映画コンクール美術賞受賞の『日本のいちばん長い日』(15)に続き3作目。

録音:矢野正人

1960年生まれ、愛媛県出身。『裳の仕事』(91/君塚匠監督)で録音技師としてデビュー。主な作品に『ラヴレター』(95/岩井俊二監督)、『眠る男』(96/小栗康平監督)、『蜩の記』(14/小泉尭史監督)、『君と100回目の恋』(17/月川翔監督)など。原田監督作品は『クライマーズ・ハイ』(08)、『RETURN(ハードバージョン)』、『駆け込み女と駆出し男』(15)、『日本でいちばん長い日』(15)に参加。

編集:原田遊人

1977年、カリフォルニア州出身。編集者として原田眞人監督作品『伝染歌』(07)、『クライマーズ・ハイ』(08)、『わが母の記』(11)、『RETURN(ハードバージョン)』(13)、『日本のいちばん長い日』(15)などを担当。『クライマーズ・ハイ』、『わが母の記』『日本のいちばん長い日』で第32回、第36回、第39回日本アカデミー賞優秀編集賞をそれぞれ受賞。俳優としても精力的に活動中。

衣裳:宮本まさ江

千葉県出身。1991年衣裳デザイナーとして独立。原田監督作品は『狗神』(01)、『自由戀愛』(05)、『わが母の記』(11)、『駆込み女と駆出し男』(15)、『日本のいちばん長い日』(15)などに参加。近作は『の・ようなもの のようなもの』(16/杉山泰一監督)、『日本で一番悪い奴ら』(16/白石和彌監督)、『デスノート Light up the NEW world』(16/佐藤信介監督)、『続・深夜食堂』(16/松岡錠司監督)など。

音楽:富貴晴美

1985年、大阪府出身。原田眞人監督作品『わが母の記』(11)で、第36回日本アカデミー賞優秀音楽賞を最年少で受賞。主な作品に、『駆込み女と駆出し男』(15/原田眞人監督)、『日本のいちばん長い日』(15/原田眞人監督)、『きょうのキラ君』(17/川村泰祐監督)など。活躍は多岐に渡り、2018年にはNHK大河ドラマ「西郷どん」の音楽を手掛ける事が決定している。